結局のところ、フェアノールは善人だったのか、それとも悪人だったのか。
シルマリルの物語を何度も読み返して、彼の言動や他のエルフとの関係性、さまざまな角度で見ているが、まだはっきりとわからない。
いや、善か悪かで彼を図るなど、それこそナンセンスというものだ。
一つ一つの行動を思えば、彼には傲慢不遜という言葉が最も相応しい。
自らの思いに忠実に動き、それが叶わないとわかると怒りを露わにする。
まるで子どものようだ。
しかし、幼少期の悲劇を思えば、心は子どものまま大人になったのも、不思議ではない。
なにより、彼は散々振り回しておきながら、「指輪物語」においてもそれほど悪くは語られていない。
それは、フェアノールの偉大なる功績がもたらしたものと言えよう。シルマリルの制作は、彼の闇を払拭するほどだったのだろう。
だがむしろ、語られることさえ少なくなった。
その威光が純粋に輝かしきものであれば、今でも多くのものに語り継がれているはず。
では、なぜ彼の記憶が薄れているのか。
それは、時代が「指輪」を必要としたからではないだろうか。
シルマリルにも、多くのものを魅了する力があった。指輪もまた、多くの者を欲望に駆り立てた。
指輪が語られるたび、私たちは無意識のうちに、シルマリルという原初の光を思い起こしている。
これがフェアノールが遺した栄光であり、大きな影である。
話が少し逸れたかもしれないが、彼が何者だったかと一言で言えば、ただの一人のエルフと言うのが、今の私の答えだ。
確かに王家の生まれで、多くの偉業を成した、優れたエルフであることに違いはない。
だがその前に、彼はアマンで生まれた、ちょっとわがままなエルフなのだ。
何者でもない、だけどそこに確かにいた。それだけで充分だと思う。



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