ひとつであった二つの影

ゴラムとスメアゴル 考察

最初に指輪の虜になった中つ国の民は、人間の王イシルドゥア。

しかし、彼が襲われた際に、指輪は川底に落ち、長い年月を経てあるところにたどり着いた。

それが、スメアゴルというホビットの手だった。

やがて、指輪の力で長い年月を生き延びた彼は醜い姿になり、ゴラムと名乗るようになった。

いや、ゴラムがスメアゴルに代わって体を動かしていた、と言うのが正しいか。

とはいえ、本当にゴラムとスメアゴルは別の存在だったのか。

むしろ、同じ一人の人物にある二つの側面だったのか。

ここはかなり疑問が浮かぶ。

確かにスメアゴルはいた。フロドの優しさに触れ、彼は従順なしもべとしてフロドを導いていた。

だが同時に気弱で、ほんの少し卑怯者でもあった。

サムや、時としてフロドでさえ陥れたのはそういうことである。

だが、その一面はゴラムだったのかもしれないと、今更ながらに思う。

それほどにゴラムは狡猾で意地悪な人物だった。

しかし、この二人には共通していることがある。

彼らは一見対立しているようでいて、ただ一つだけ、同じものをずっと見ていた。

「いとしいしと」――指輪である。

その一点において、彼らは決して分かれることはなかったのだ。

その執着が、そして欲望が彼にもたらしたものは、大切な「いとしいしと」とともに滅びの山の火口に落ちるという結末だった。

はたして彼は幸せだったか不幸せだったか。

それを語れる者は誰もいない。

ただ一人、彼自身を除いては。

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