善と悪の境界を考える

善悪の境界を考えると 深淵を語る

それは、永遠の謎、もしくは悩みと言っても過言ではない。

それは正義かそうでないかと似たようなものである。

人によって正義の定義は変わる。それは、善悪の区別も同じだと思う。

それを考えるにあたって取り上げるのは、やはりメルコールの存在だ。

彼こそ“悪”と定義づけられた存在だが、果たして真の悪だったかと言われると、私は疑問を感じざるを得ない。

これまでに語ったことによれば、

  • メルコールは不滅の炎を外に求めた
  • それが得られず、周囲と違う行動を始めた

これだけを見ても、悪たらしめる要素とは言えない。

誰しも何かを求めて、人と違うことをすることはよくあることだからだ。

では、何が彼を悪たらしめたのか。

それは、この言葉に尽きるだろう。

「自らの欲望に任せ、周囲を顧みなかった」

人は一人では生きていない。

だからこそ、自らの望みだけで動いたとき、どこかで歪みが生じる。

もし自分だけの世界なら、何をどうしたところで軋轢は生じない。自分だけしか存在しないのだから。

ただ、もしそこに一人でも誰かがいるとしたら、その誰かの意を聞き取って、自らの考えを咀嚼し、双方にとってよりよい行動をとる、というのが必要ではないだろうか。

周囲を顧みないことで、メルコールはモルゴスとなり、大いなる闇をもたらした。

だがしかし、それが「悪」だったと決めつけていいのかは、少し迷いが残る。

彼の存在は、世界を屈強なものにした。

平和を守らんとする人々の団結を強くした。

何より、彼が虚空に飛ばされたことにより、人々は己を顧みる1つのきっかけになっただろう。

誰しも善と悪を定義づけようとしているが、実際のところははっきりと分けられるものではないのかもしれない。

そうなれば、善と悪は、絶対的なものではないのかもしれない。

だが、「社会」の中で生きる以上、何らかの基準は必要になる。

それはおそらく、「関係」を保つか、それとも壊すか―

その違いなのではないだろうか。

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